この記事の要点(1分で読める版)
- Texas Instrumentsは、アナログ半導体と組み込みプロセッサを中心に「現実世界の電気を安全に・正確に扱う部品」を膨大な型番で供給し、設計インの慣性で長く売るモデルを持つ。
- 主要な収益源はアナログ(最大の柱)と組み込みであり、車載・産業・電源装置・データセンター周辺のような“止められない用途”で価値が出やすい。
- 長期ストーリーは、300mm工場移行・米国内増産を通じて供給安定性とコスト構造を強化し、車の電動化・工場自動化・AIデータセンターの電力ボトルネックを取り込むことにある。
- 主なリスクは、汎用カテゴリでの代替・価格圧力、通商・政策(中国の反ダンピング調査など)による地域分断、そして投資負荷と配当負担が重なる局面でキャッシュ余裕が薄く見えやすい点にある。
- 特に注視すべき変数は、営業利益率の回復度合い、FCFマージンと配当カバーの改善、新工場立ち上げの稼働率・歩留まりの進捗、そしてNet Debt / EBITDAの推移である。
※ 本レポートは 2026-01-07 時点のデータに基づいて作成されています。
1. まずは中学生向け:TXNは何をして、どう儲ける会社か
Texas Instruments(TI、TXN)は、ひとことで言うと「世の中の機械や電気製品が、電気をうまく使えるようにする“必須の部品(チップ)”を大量に作って売る会社」です。スマホの“目立つ頭脳(最先端CPU/GPU)”というより、車・工場・電源装置・医療機器・家電などに入り込む、縁の下の力持ちの半導体が主戦場です。
重要なのは、TIが基本的にBtoB企業である点です。TIは消費者へ直接売るのではなく、電子機器メーカーや部品メーカーに「製品を作るための部品」を供給して儲けます。最終的にその部品が入った車や工場設備を使うのは消費者や企業ですが、取引相手は企業です。
誰に価値を提供しているのか(顧客像)
- 電子機器メーカー(車載部品、産業機械、家電など)
- データセンター向け機器メーカー(電源やサーバー周辺ハード)
- 設計会社・製造会社など(BtoBのサプライチェーン)
何を売っているのか(収益の柱)
TIの柱は大きく3つです。
- アナログ半導体(最大の柱):現実世界の電気(電圧・電流・温度・音・光など)を“扱いやすい形”に整えて、装置が安全に正確に動くようにする部品群。車の電装、工場のモーター制御、医療機器の微弱信号、充電器や電源装置などで使われます。
- 組み込みプロセッサ(中核の柱):洗濯機や車、産業装置などに入って「決まった仕事を安定して長期間」こなす“小さな頭脳”。アナログとセットで採用されやすいのが特徴です。
- その他(補助):周辺ロジックなど。主役ではないものの「設計の手間を減らす」「部品点数を減らす」ことで採用を後押しします。
どうやって儲けるのか(収益モデルのコア)
TIは「1種類の大ヒット」で稼ぐというより、膨大な型番(品目)を揃え、幅広い用途に薄く広く入り込むことで売上を積み上げます。さらにBtoBでは、一度設計として採用されると、その製品が作られる限り継続して売れやすい(設計インの慣性)という性格があります。
もう一つの核が、製造を自社で強く持つ方針です。TIは300mmウェハーの大規模工場への移行・拡張を進め、長期的にコストと供給安定性を高めようとしています。米国CHIPS法関連の支援も受けつつテキサス州やユタ州で生産能力拡張の流れがあり、古い工場を閉じて新しい工場へ寄せる動きも報じられています。ここは短期の利益より、長期で効いてくる「原価の強み」になり得ます。
なぜ選ばれるのか(提供価値)
- 壊れにくく、設計しやすい:車や工場設備は止まると損害が大きく、安定動作・長期供給・設計資料やツールの充実が価値になります。
- 1台あたりの搭載個数が多い領域に強い:電源変換・制御ポイントが多い装置ほど、TIの部品が入り込みやすい構造です。
- 自社工場による供給力を作りにいく:量産の安心感を顧客に提供しようとしています。
将来に向けた方向性(成長ドライバーと“未来の柱候補”)
TIの追い風は、派手な流行より「世の中の装置が電気的に難しくなる」方向にあります。
- 車の電動化・電子化:電源制御やセンサー、制御の“頭脳”が増えるほど、アナログと組み込みの出番が増えやすい。
- 工場の自動化・省エネ:モーター制御、電源効率化、信号処理などが増え、止められない現場ほど長期供給価値が上がりやすい。
- データセンターとAI計算の「電力問題」:AIが広がるほど、計算そのもの以上に電源の供給・変換・保護がボトルネックになりやすく、TIはデータセンター向け電源管理を強化しています。
加えて、将来の柱候補として、48V化やさらに高電圧へ向かう次世代電源アーキテクチャへの対応、GaNなど高効率電源部品、設計を簡単にして部品点数を減らすデバイス群(PLDなど)も打ち出されています。これらは今の売上の主役というより、「TIを選ぶ理由」を増やして採用を押し広げる補助エンジンになり得ます。
例え話(1つだけ)
TIのチップは、スポーツカーのエンジン(目立つCPU)ではなく、車の中に何十個も入っている「ブレーキ・電源・安全装置・センサーの制御箱」のような存在です。目立たないけれど、これがないと安全に走れません。
2. 長期ファンダメンタルズ:TXNの「企業の型」を数字でつかむ
TIを長期投資で見るときの前提は、「高成長で押し切る会社」というより、成熟した需要分散型の半導体企業だという点です。長期データはその輪郭をはっきり映します。
売上・EPS・FCFの長期推移(5年・10年)
- 売上CAGR:過去10年で約+1.8%/年、過去5年で約+1.7%/年。長期の売上成長は緩やか。
- EPS CAGR:過去10年で約+7.2%/年だが、過去5年では約-0.2%/年(ほぼ横ばい〜微減)。期間によって見え方が違うのは、景気循環の影響を受けやすい産業でよく起きる「期間差による見え方の差」です。
- フリーキャッシュフロー(FCF)CAGR:過去10年で約-8.2%/年、過去5年で約-23.7%/年。直近数年はキャッシュ創出が弱く見える(この段階では“そう見える事実”として押さえ、理由は後で点検します)。
収益性:ROEとマージンの長期的な姿
- ROE(最新FY):約28.4%。一方で過去5年レンジでは高水準(50%台など)から低下してきた履歴がある(過去5年中央値は約58%)。
- 営業利益率(FY):2022年が約50.6%に対し、2024年は約34.9%へ低下。半導体サイクルの「ピーク→減速」が数字に出ている。
ここでの要点は、TIが“常に超高ROE・超高マージンで固定”というより、高い時期があったうえで、足元は低い側に寄っているという事実です。
EPS成長の源泉:株数減少の寄与
TIは長期的に発行株式数が減少しており(例:2014年約10.8億株→2024年約9.19億株)、EPS成長は売上の伸びだけでなく株数減少(自社株買い等)の寄与が相対的に大きい局面があったと整理できます。
3. Lynch的な「型」:TXNはFast Growerではなく、何者か
TIはリンチの6分類で言うと、「景気循環株(Cyclical)×低成長株(Slow Grower)」のハイブリッドに最も近い、という整理がしっくりきます。
景気循環(Cyclical)としての根拠
- 直近2年(約8四半期換算)でEPSは減少方向(2年CAGRがマイナス、トレンドも下向き)。
- FYの営業利益率が2022年の高水準から2024年にかけて低下(ピーク→減速)。
- 在庫回転の変動が一定以上あり、需給調整の影響を示唆する統計が出ている。
年次の売上・利益は2022年がピークに近く、2023〜2024は減速局面に位置づけられます。一方でTTMでは売上と利益が前年同期比で小幅プラスに戻っており、足元は底打ち〜回復初期を示唆するデータが出始めています(ただし確定はできず、ここでは「そういうデータがある」までに留めます)。
低成長(Slow Grower)としての根拠
- 売上の5年成長率(CAGR)が約+1.7%/年と低い。
- EPSの5年成長率(CAGR)がほぼゼロ近辺(微減)。
- 配当性向(TTMの利益ベース)が約98%と高い。
成長率が高くない一方で株主還元の存在感が大きくなりやすい、という「成熟企業らしさ」が出やすい型です。ただし直近はキャッシュ創出が弱く見えるため、還元の持続可能性は別途点検が必要になります。
4. 直近の業績モメンタム:回復の兆しはあるが、総合は「減速」側
直近1年(TTM)はプラスに戻っている指標が多い一方で、過去5年平均や直近2年トレンドと比べると勢いが強いと言い切れず、短期モメンタムは総合でDecelerating(減速)と分類するのが妥当、という整理になります。
直近1年(TTM)の前年同期比:何が伸びているか
- 売上(TTM YoY):+9.897%
- EPS(TTM YoY):+2.238%
- FCF(TTM YoY):+41.689%
売上は回復局面らしく伸びていますが、EPSは小幅増に留まり、売上回復ほど利益が戻っていない形です。FCFは大きく反発していますが、水準の評価は別問題として切り分けます。
直近2年(約8四半期)の形:型は維持されているか
- EPS:2年CAGRはマイナスで、トレンドも下向きが強い
- 売上:2年CAGRは小幅マイナスで、トレンドはほぼ横ばい
- FCF:2年CAGRはプラスで、トレンドも上向き
要するに「売上は戻り始めた」「利益(EPS)は戻りが弱い」「キャッシュ(FCF)は改善が先行」という並びで、サイクリカル企業にありがちな回復序盤の形にも見えます。
利益率の補助線(FY):回復の“質”を左右するポイント
FYベースで営業利益率は2022年の約50.6%から2024年の約34.9%へ低下しています。TTMで売上が戻っても、利益率がどの水準に戻るかでEPSモメンタムの評価は大きく変わり得ます。
なお、ここでFYとTTMの見え方が異なる場面があるのは、期間(年次か、直近12カ月か)の違いによる見え方の差です。矛盾と断定せず、「どの期間を見ているか」を揃えて理解する必要があります。
5. 財務健全性(倒産リスクをどう見るか):流動性は厚いが、レバレッジは過去より高い側
TIは「すぐに資金繰りが詰まりそう」というタイプには見えにくい一方で、過去と比べると負債面の指標が重い側に寄っている、という組み合わせです。
- 負債資本比率(最新FY):約0.80
- Net Debt / EBITDA(最新FY):約0.80
- 利息カバー(最新FY):約11.7倍
- キャッシュ比率(最新FY):約2.08
利息カバー約11.7倍は利払い余力が残っていることを示します。一方、Net Debt / EBITDAは「小さい(マイナスが深い)ほど現金が多く有利子負債が軽い」逆指標であり、約0.80という水準は、過去と比べるとレバレッジが高い側にあることを示唆します。キャッシュ比率が約2.08と高い点は短期流動性のクッションとしては厚い部類です。
倒産リスクという観点では、少なくとも「利払い能力と流動性が残っている」ことは支えになりますが、投資負荷と還元負荷が重なり得る局面では、柔軟性が削られやすいタイプの注意点として整理しておくのが現実的です。
6. 配当と資本配分:魅力であり、同時に制約にもなり得るテーマ
TIは配当を語らずに投資判断しにくい銘柄です。配当利回り(TTM)は約2.97%(株価177.17ドル)で、配当の履歴は36年、連続増配は21年(減配は2003年)という長いトラックレコードを持ちます。
配当水準の現在地(利回りの文脈)
- 配当利回り(TTM):約2.97%
- 1株配当(TTM):約5.41ドル
- 過去5年平均利回り:約2.84%(直近は過去5年平均よりわずかに高め)
- 過去10年平均利回り:約2.95%(直近はほぼ同水準)
利回りだけを見る限り、直近は近年平均レンジに近い位置です。
増配ペース:過去は強かったが、直近は鈍化
- 1株配当の5年CAGR:約+10.6%/年
- 1株配当の10年CAGR:約+15.6%/年
- 直近1年(TTM)の増配率:約+5.18%
直近1年の増配率は、過去5年・10年のペースと比べると鈍化しています。
配当の安全性:利益とキャッシュの両面から見る(重要)
- 配当性向(利益ベース、TTM):約98.1%(過去5年平均約66.1%、過去10年平均約58.7%より高い)
- 配当/FCF(TTM):約238%(配当がFCFを上回る状態)
- FCFによる配当カバー倍率(TTM):約0.42倍
- FCF(TTM):約20.8億ドル
- 設備投資負荷の目安:営業キャッシュフローに対する設備投資比率が約0.55
直近TTMでは、配当はフリーキャッシュフローだけでは賄えていません。このため、配当の履歴が強い一方で、足元の数字だけを根拠にすると、配当の持続性は「やや注意が必要」という構造です。ここで大事なのは、配当政策の善悪を断定することではなく、「投資(工場拡張)と還元(配当)の同時進行」がキャッシュの見え方に緊張関係を作っているという事実を把握することです。
インカム投資家にとっては「利回りと履歴」は魅力になり得ますが、トータルリターン投資家にとっては「配当を維持しつつ投資・他の還元とのバランスが取りやすい状態か」が論点になりやすい局面です。
7. キャッシュフローの傾向:EPSとFCFのズレをどう読むか
TIでは長期データで、EPSが伸びた時期がある一方、FCFは直近数年で弱く見える、というズレが観測されます。直近TTMでも、売上・EPSが小幅プラスに戻る中でFCFは前年比で大きく反発していますが、FCFマージンはTTMで約12.05%と、過去の中心水準より低い側にあります。
このズレは「事業が悪化した」と決めつける材料ではなく、まずは設備投資負荷の大きさ(投資の時間差)がキャッシュを押し下げ得る構造を押さえるのが適切です。実際、TIは300mm新工場への移行・拡張を進めており、投資が先行すればFCFが薄く見えやすい局面が出ます。
投資家としての実務的な見方はシンプルで、「投資が続く中で、営業利益率とFCFマージンがどの水準へ戻っていくか」が、EPSとFCFの整合性を取り戻す鍵になります。
8. 評価水準の現在地(自社ヒストリカルの中での位置)
ここでは市場や同業他社と比べず、TI自身の過去データの中で「いまがどこにいるか」を整理します。指標はPEG / PER / フリーキャッシュフロー利回り / ROE / フリーキャッシュフローマージン / Net Debt / EBITDA の6つに限定します。
PEG:過去5年・10年の通常レンジを大きく上回る
- PEG(現在):14.35
- 過去5年・10年の通常レンジを大きく上回る位置(上抜け)
- 直近2年の方向性:上昇
成長率(TTMの前年比)に対して評価が高く見えやすい局面、というヒストリカルな現在地です。
PER:5年では上側レンジ内、10年では上抜け
- PER(TTM、株価177.17ドル):32.11倍
- 過去5年では通常レンジ内だが上限近辺、過去10年では通常レンジを上抜け
- 直近2年の方向性:上昇
長期(10年)で見るほど高めに見える現在地です。
フリーキャッシュフロー利回り:5年では下側、10年では下抜け
- FCF利回り(TTM):1.29%
- 過去5年では通常レンジの下限近辺、過去10年では通常レンジを下抜け
- 直近2年の方向性:低下
株価が高い(またはFCFが一時的に弱い)という形で、利回りが低い側に寄っている、という「過去の中での位置」です。
ROE:過去5年・10年の通常レンジを下回る
- ROE(最新FY):28.39%
- 過去5年・10年いずれでも通常レンジを下回る位置(下抜け)
- 直近2年の方向性:低下
過去の高水準と比べると、資本効率は低い側にあります。
FCFマージン:5年では下側レンジ内、10年では下抜け(ただし直近2年は改善方向)
- FCFマージン(TTM):12.05%
- 過去5年では下側レンジ内、過去10年では通常レンジを下抜け
- 直近2年の方向性:上昇
改善の動きはあるが、長期の中心水準へ戻ったとは言い切れない、という現在地です。
Net Debt / EBITDA:過去5年・10年の通常レンジを上回る(逆指標)
- Net Debt / EBITDA(最新FY):0.80
- 過去5年・10年いずれでも通常レンジを上抜け(=過去よりレバレッジが高い側)
- 直近2年の方向性:上昇
Net Debt / EBITDA は逆指標で、値が小さい(マイナスが深い)ほど現金が多く、値が大きいほどレバレッジ圧力が高い読み方になります。その前提で見ると、足元は「過去より重い側」に位置しています。
9. TIが勝ってきた理由(成功ストーリー):派手さではなく“積み上げ”で強くなる
TIの成功は、「一発の技術ブレークスルー」より、BtoBの現場が評価する複合価値を積み上げてきた点にあります。構造的な本質価値は、現実世界の電気を安全に・正確に・効率よく扱うための部品を、膨大な品目数で、長期供給まで含めて提供できることです。
顧客が評価する点(Top3)
- 品揃えが厚い:欲しい型番が見つかり、1社でまとめやすい(設計・調達の摩擦が下がる)。
- 長期供給の安心感:車載・産業では“同じ部品を長く買える”ことが設計変更コストを抑える。
- 設計資料・ツールが整っている:データシートや参照設計などが開発スピードと確度を上げる。
プロダクトストーリー:高性能一点突破ではなく「標準部品を使いやすく」
TIの競争は、最高性能の一点突破ではなく、膨大な部品群を“使いやすい標準部品”として、長期供給と設計支援込みで提供するゲームになりやすい、という特徴があります。結果として競争軸は単価だけでなく、設計工数、評価工数、調達の安定、代替時の手戻りなどを含む“総コスト”に広がります。
10. ストーリーは続いているか:最近の戦略・ニュースと整合性(ナラティブの現在地)
TIの最近の動きは、従来の成功ストーリー(品揃え・長期供給・設計支援・供給の信頼)と整合している部分が大きい一方で、ストーリー内部に新しい摩擦要因も入り込んできています。
(1)「供給を作れる会社」への比重がさらに上がった
300mm工場への移行・拡張は以前からの方針ですが、Shermanの新300mm工場(SM1)で生産開始を公式に発表し、「供給能力が実際に増えるフェーズ」に入ったことを示しました。これは顧客価値(長期供給の安心)を強化しやすい一方で、立ち上げ期・投資期はキャッシュの見え方が薄くなりやすい、という緊張関係もより重要になります。
(2)「価格・通商」要因が内部ストーリーに入り込んできた
成熟ノードのアナログは地政学・通商で揺れやすく、2025年9月に中国が米国からのアナログICに対して反ダンピング調査を開始したことが公的機関から案内されています。これは販売・供給の前提条件(関税・手続き・顧客の調達判断)に影響し得るため、無視しにくい構造要因です。調査は2026年9月に最終決定が見込まれるスケジュールが公表されています。
(3)数字面の語り:「売上は戻るが、余裕が戻り切らない」
直近TTMで売上・利益・FCFは前年同期比でプラスに戻っていますが、ROEが過去レンジより低い側、配当がFCFで賄えていない、Net Debt / EBITDAが過去より高い側、といった“余裕”の指標は強い通常状態に戻り切っていません。この「回復はしているが完全回復ではない」という語りが、今の内部ストーリーの現在地になりやすい点は押さえる価値があります。
11. 見えにくい脆さ(Invisible Fragility):強そうに見えるほど、どこが静かに効くか
ここで扱うのは「すでに致命傷がある」という断定ではありません。崩れが見えにくい形で進み得る弱点を、8観点で整理します。
- ① 顧客依存度の偏り(見えにくい形):エンド市場は広いが、地域×特定カテゴリで通商リスクが顕在化し得る。中国の反ダンピング調査はその具体例になり得る。
- ② 競争環境の急変(価格競争の再燃):汎用品ほど価格が効きやすく、値上げ/値下げなど価格改定の話題が出る局面は、価格で均衡が動いているサインになり得る。
- ③ 静かなコモディティ化:“この型番でないと困る”が弱い領域ほど二次調達が進み、売上よりも値付け力やミックスにじわじわ効いて利益率回復を遅らせ得る。
- ④ 内製の裏側(稼働率・歩留まりの影響):内製は武器だが、新工場立ち上げは需要との合わせ込みが難しく、稼働率や固定費吸収のロスが見えにくく出やすい。
- ⑤ 組織文化の劣化(テキストでしか見えにくい):検索範囲では一次情報が十分でなく断定はできないが、巨大投資と立ち上げ期は現場負荷が増えやすい構造局面であり、追加点検の余地がある。
- ⑥ ROE/マージンの劣化:資本効率や利益率が過去より低い側にあり、この乖離が長引くと「投資は進んだが収益性が伴わない」という形でストーリーが弱体化し得る。
- ⑦ 財務負担の悪化(柔軟性の低下):利払い余力は残るがレバレッジは過去より高く、配当もFCFで賄えていないため、循環の戻りが遅れる局面で圧力になり得る。
- ⑧ 地政学×成熟ノードの構造変化:通商イベントが顧客の二重調達・国内代替を促すと、サプライチェーン再編は惰性があり元に戻りにくい性質がある。
12. 競争環境:誰と戦い、どこで勝ち、どこで負け得るか
アナログ半導体・組み込みは、最先端CPU/GPUのように「性能一点突破」で勝敗が決まりにくく、複合競争になりやすい領域です。品揃え、品質・信頼性、設計支援、供給安定性、トータルコストが絡みます。そのため「参入企業は多いが、置き換えが簡単とも限らない」という二面性があります。
主要競合プレイヤー(用途で顔ぶれが変わる)
- Analog Devices(ADI):高付加価値アナログ/混載信号で直接比較になりやすい
- Infineon:車載・電力変換で重なりやすい
- STMicroelectronics:車載・産業向けで幅広く重なる
- NXP:車載・産業の組み込みで競合し、セット採用の文脈も出やすい
- Renesas:車載マイコン・産業制御で競合しやすい
- Microchip:産業・組み込みで競合し、在庫局面や供給運用が注目されやすい
- onsemi:車載・電力や一部カテゴリで競合し、通商面でも巻き込まれ得る
競争の論点:スイッチングコストと参入障壁
- 乗り換えが起きにくい条件:車載・産業の長寿命設計(評価・認証・信頼性試験が重い)、複数部品のセット採用で周辺にも影響が及ぶ場合。
- 乗り換えが起きやすい条件:汎用カテゴリで仕様が標準化され、複数社が同等機能を提供している場合。調達側KPIが単価に寄りやすい局面。
通商・政策が競争に混ざる局面
中国の反ダンピング調査は、競争が「技術×供給」だけでなく「通商・政策×調達方針」も絡む局面に入っていることを示します。特定カテゴリ(例:インターフェースやゲートドライバ等)がスコープとして切られ得る点は、競争の地図を部分的に変える可能性があります。
13. モート(Moat)は何で、どれくらい持続しそうか
TIのモートは、最先端プロセスの独占のような“単一の壁”ではなく、次の積み重ねの壁として成立しやすいタイプです。
- 品揃え:設計現場の選択肢を広く持ち、1社でまとめやすい。
- 信頼性と長期供給:車載・産業の製品寿命と一致し、設計変更コストを抑える。
- 設計支援(参照設計・ドキュメント・ツール):採用の摩擦を下げ、次の設計でも選ばれやすい。
- 供給基盤(内製比重・300mm投資):長期の供給確度とコスト構造へ効きやすい。
一方で、個別カテゴリでは代替が成立し得ます。したがって「総体としての置換は難しいが、部分的な置換は起きる」という形になりやすく、耐久性はカテゴリ別・地域別に揺れ得る点が重要です。
14. AI時代の構造的位置:TXNはAIの“計算”ではなく“電力と制御の土台”側
TIはAIそのもの(モデルやGPU)を売る企業ではなく、AI計算を成立させる電力・変換・保護・センシングの土台側に寄ってAI需要を取り込む構造です。AIが伸びるほど、データセンターでは電力供給の制約が強まり、電源の重要度が上がりやすい(電気がボトルネック化)という見立てが軸になります。
AIが追い風になり得るポイント
- 電源アーキテクチャの移行:12Vから48V、さらに高電圧直流配電へ向かう流れで、電源管理・保護・変換の部品と設計リソースの価値が上がりやすい。
- ミッションクリティカル性:止まると困る装置ほど、信頼性と供給継続の価値が増す。
- 参入障壁:品揃え・長期供給・設計支援・コストの複合は時間を要し、耐久性を持ちやすい。
AIが逆風(間接圧力)になり得るポイント
- 設計の自動化・部品選定の効率化:AI普及が調達最適化を進めるほど、汎用領域での比較が厳格化し、価格圧力として効く可能性がある。
- 投資回収の時間差:AI追い風があっても、供給投資の成果が利益率・キャッシュに反映されるまでのタイムラグが、享受スピードを左右し得る。
15. リーダーシップと企業文化:製造・供給を握る戦略は一貫しているか
近年のTIの対外メッセージは一貫して、「アナログと組み込みという基盤半導体を、長期で安定供給できる形で提供する」へ寄っています。象徴が米国内での300mm生産能力を規模で積み上げる投資ストーリーです。
CEOのビジョンと体制:継続性の文脈
- 2025年6月に、米国で基盤半導体の生産能力を大規模に増やす計画(7つの工場を含む、総額600億ドル超)を強く打ち出している。
- 2025年12月にSherman(SM1)で生産開始を発表し、「需要に合わせて立ち上げる」前提で供給基盤を現実の生産へ移している。
- 長年のリーダーであったRich Templetonが2025年末で退任し、2026年1月からHaviv Ilanが会長を兼務する体制へ移行することが公表されている。
この動きは「派手な新規事業」ではなく、供給・製造・品揃えという成功ストーリーの中核を太くする方向で、整合的に見えます。
人物像→文化→意思決定→戦略(因果の整理)
- オペレーション重視:研究開発だけでなく「作れること/届けられること」を経営の中心に置く傾向が読み取れる。
- 長期供給と信頼性を企業価値として扱う:“基盤半導体”という言葉で必需性を前面に出す。
- 需要に合わせて段階的に立ち上げる:サイクル産業で稼働率・固定費吸収リスクを管理する含意がある。
長期投資家との相性と注意点(ガバナンス・資本配分)
- 相性が良くなりやすい点:長期の供給・製造投資を軸に、積み上げ型モートを強化するストーリーは長期投資と整合しやすい。
- 注意点:CEOの会長兼務は意思決定の一体感を強め得る一方、監督と執行の距離という観点で観察ポイントになり得る。
- 資本配分の緊張:投資を継続しつつ、配当負担が重い局面でもあるため、投資回収(利益率・キャッシュ創出の回復)の説明責任が増す局面になりやすい。
なお、工場移行局面では旧工場閉鎖に伴う人員削減が報じられており、立ち上げ期の現場負荷や組織の不安要因として語られやすい点はあります(良し悪しは断定しません)。
16. KPIツリーで見るTXN:投資家が追うべき“因果の骨格”
TIの企業価値は、「短期の売上の上下」だけではなく、投資・供給・ミックス・在庫・還元の噛み合わせで決まります。材料をKPIツリーとして整理すると、重要な観測点が明確になります。
最終成果(Outcome)
- 景気循環の波をまたいだ利益の持続的な創出力
- 投資後も残るフリーキャッシュフローの創出力
- 資本効率(ROEなど)の維持・回復
- 株主還元(配当中心)を継続できる余力
中間KPI(Value Drivers)
- 売上規模と成長(設計採用の積み上げ)
- 製品ミックスと価格・条件(値付け力を含む)
- 利益率(売上総利益率・営業利益率)
- 生産コスト構造(稼働率、固定費吸収)
- 設備投資の負担と回収(量とタイミング)
- 運転資本の効率(特に在庫)
- 財務レバレッジと流動性(負債と手元資金)
- 配当のカバー力(利益・キャッシュに対する配当負担)
ボトルネック仮説(Monitoring Points)
- 売上回復に対して、利益率がどの程度ついてくるか(回復の質)
- キャッシュ創出が投資負担を超えて平常水準へ戻るか(投資回収)
- 新しい生産能力の立ち上げが稼働率・歩留まり・コストにどう波及するか(運用)
- 在庫回転が循環局面の中でどう推移するか(キャッシュ固定化)
- 汎用カテゴリでの価格・条件競争がミックスや利益率にどう影響するか(値付け力)
- 通商・政策イベント後に顧客の二重調達・国内代替がどの程度進むか(需要の質)
- 配当と投資の同時進行の中で、配当を利益・キャッシュでどれだけカバーできる状態か(資本配分)
- 負債の重さと流動性の組み合わせが、循環の戻り局面でどう変化するか(耐久性)
17. Two-minute Drill:長期投資家が持つべき「投資仮説の骨格」
TIを長期で評価するなら、焦点は「今年のEPSが良いか悪いか」ではなく、次の3点に集約されます。
- 循環の波が戻ったときに、利益率・ROE・FCFがどこまで戻るか:FYでは営業利益率が2022年の約50.6%から2024年約34.9%へ低下しており、回復局面での戻り方が重要になる。
- 供給投資(300mm移行・新工場)が、コストと供給信頼へ転化していくか:投資が先行する局面ではFCFが薄く見えやすいが、回収が進むと構造が変わり得る。
- 配当という強い約束と、投資・財務の両立が噛み合うか:直近TTMは配当性向約98%、配当のFCFカバー約0.42倍で、履歴の強さと現在の数字がねじれている。
AI時代の位置づけは「AIの計算」ではなく「AIを動かすための電力・制御インフラ」にあり、ここは追い風になり得ます。一方で、汎用カテゴリの価格圧力や通商・政策による地域分断は、静かに効く摩擦として残り続けやすい論点です。
AIと一緒に深掘りするための質問例
- Texas Instrumentsの売上を製品カテゴリ別(電源管理、インターフェース、ゲートドライバ、車載向け等)に分けたとき、中国の反ダンピング調査の影響を受けやすい領域はどこで、代替・二重調達が進むとしたらどの順序になりやすいか?
- Sherman(SM1)を含む300mm新工場立ち上げについて、稼働率・歩留まり・固定費吸収の改善を示す「先行指標」として投資家が追える開示やデータは何か?
- 直近TTMで配当がFCFで賄えていない状況について、設備投資が一巡した場合にFCFマージンがどの程度に戻れば配当カバーが改善すると言えるか?
- 売上(TTM YoY +9.897%)に対してEPS(TTM YoY +2.238%)の戻りが弱い理由を、原価率、販管費、減価償却、在庫評価、ミックスの観点でどう分解して検証できるか?
- TIの「品揃え×長期供給×設計支援」というモートが効きにくい“汎用カテゴリ”はどれで、そのカテゴリの価格圧力が全社マージンに波及する経路は何か?
重要な注意事項・免責
本レポートは、公開情報とデータベースをもとに作成された
一般的な情報提供を目的とした資料であり、
特定の銘柄の売買・保有などを推奨するものではありません。
本レポートの内容は、執筆時点における情報を用いていますが、
その正確性・完全性・最新性を保証するものではありません。
市場環境や企業情報は常に変化するため、記載内容が現状と異なる場合があります。
ここで言及される投資フレームワークや視点(例:ストーリー分析・競争優位性の解釈など)は、
一般的な投資概念や公開情報を参考にした独自の再構成であり、
いかなる企業・組織・研究者による公式な見解ではありません。
投資判断は必ずご自身の責任において行い、
必要に応じて金融商品取引業者や専門家にご相談ください。
本レポートを利用した結果生じたいかなる損失・損害についても、
DDI および筆者は一切の責任を負いません。