この記事の要点(1分で読める版)
- ASMLは半導体の露光装置を軸に、装置販売と導入後の保守・部品・アップグレードで稼ぐ企業で、最先端量産を「工場で成立させる」ことに価値の核がある。
- 主要な収益源は最先端(EUV/High NAを含む)と一世代前(DUV)の装置に加え、Installed Baseの継続収益で、装置台数の累積がサービス収益の累積に直結しやすい。
- 長期では売上・EPS・FCFが2桁成長のレンジにあり、直近TTMでも売上+22.8%、EPS+44.4%と成長株(Fast Grower)寄りの型は概ね維持されている。
- 主なリスクは競合参入というより、規制・輸出管理で売れる市場が変わること、少数顧客の投資計画で波が出ること、供給制約や人材摩耗で“提供できる速度”が落ちることにある。
- 特に注視すべき変数はHigh NAの量産導入の進捗、Installed Baseの成長とサービス売上の整合、供給制約が納期だけでなく稼働率やサービス品質へ波及していないか、地域・製品ミックスの変化である。
※ 本レポートは 2026-01-07 時点のデータに基づいて作成されています。
1. ASMLのビジネスを中学生向けに言い換える
ASMLは、半導体工場で使われる「露光装置(リソグラフィ装置)」を作る会社です。露光装置は、チップの設計図をシリコンの板に“焼き付ける”ための巨大な機械で、回路を細かくできるかどうか(=チップを高性能にできるかどうか)を左右します。
たとえるなら、ASMLは半導体工場にとっての「超高性能な印刷機メーカー」です。ただし、目に見えないほど細かい文字を、ミスなく大量に印刷し続けるレベルの難しさで、これを工場(量産現場)で成立させられる会社が限られています。
誰に価値を提供しているか(顧客)
顧客は一般消費者ではなく、巨大な半導体工場を持つメーカー(最先端ロジック、メモリなどを量産する企業)です。装置は非常に高額で、工場の設備投資として発注されます。
何を売っているか(3本柱)
- 最先端向け露光装置:最先端チップを作る工程で必須になりやすく、特にEUV世代では事実上の独占に近い立ち位置とされます。
- ひとつ前の世代の露光装置:成熟ノードやコスト重視の用途でも必要で、国・用途によって需要が残りやすい領域です。
- 導入後ビジネス(保守・部品・アップグレード):装置を入れて終わりではなく、定期メンテ、消耗部品交換、修理支援、改造や機能追加による性能アップが継続的に発生します。会社自身もアップグレードが売上や利益率に効いていると繰り返し言及しています。
どう儲けるか(収益モデル)
収益源は大きく2つです。1つは装置販売(工場の大きな買い物)、もう1つは設置後の継続収益(保守・部品・改造・性能アップ・現場支援)です。ポイントは、装置が増えるほど「導入後ビジネス」も積み上がりやすいことにあります。
なぜ選ばれるか(提供価値の核心)
- 最先端の精度を実用レベルで出せる:微細化が進むほど難易度が跳ね上がる焼き付け工程を、量産現場で成立させる能力が価値になります。
- 巨大で複雑な装置を、工場で動かし続ける:壊れにくさや稼働継続、歩留まり(良品率)への寄与が重要で、ここが導入後ビジネスの強さにも直結します。
- 顧客が使いこなすための支援まで含めて提供:運用・教育・改善支援を広げ、トレーニング拠点構想なども報じられています。
将来の柱(今は小さくても重要な取り組み)
- High NA(次世代EUV):従来よりさらに細かい回路を焼き付ける装置で、複数顧客への納入・設置が進み、生産能力拡大も報じられています。次の世代に入り込む鍵になり得ます。
- Advanced Packaging(先端パッケージング)向け製品:チップ単体の微細化だけでなく「複数チップを組み合わせて高性能にする」方向にも対応し、初の製品出荷を行ったと説明されています。
- 装置・工場運用へのAI組み込み:新規事業というより、装置をより良く動かし、歩留まりを上げるための内部インフラ強化ですが、将来の差別化や利益率に影響し得る重要領域です。
2. 長期ファンダメンタルズ:ASMLの「型」は何か
長期投資でまず見たいのは、企業がどんな“型”で成長してきたかです。ASMLは、売上・利益・キャッシュがそろって2桁成長のレンジにあり、長期の成長企業としての形が確認できます。
成長(5年・10年の姿)
- EPS(1株利益)の年平均成長率:過去5年で年率約25.6%、過去10年で年率約21.6%
- 売上の年平均成長率:過去5年で年率約19.0%、過去10年で年率約17.0%
- フリーキャッシュフロー(FCF)の年平均成長率:過去5年で年率約30.5%、過去10年で年率約30.1%
収益性(稼ぐ力)
- ROE(FY2024):約41.0%(10年レンジでは高い局面にあり、過去5年の分布では高い側に位置)
- FCFマージン(直近TTM):約29.3%(過去5年分布で中〜高水準のレンジ)
財務の強さ(レバレッジと手元資金)
- 負債比率(自己資本比、FY2024):約0.27倍
- Net Debt / EBITDA(FY2024):約-0.76倍(現金等が負債を上回る状態を示し、指標仕様上は異常ではない)
EPS成長の内訳(1文要約)
過去5年の売上成長が高く、発行株式数は長期的に減少傾向にあるため、EPS成長は「売上の伸び」+「株数減少(自社株買い等)」の組み合わせで説明しやすい構図です。
3. ピーター・リンチの分類で見るASML(6分類)
結論:Fast Grower(成長株)寄り
ASMLは、最も近い型としてはFast Grower(成長株)寄りに整理できます。根拠は、過去5年・10年でのEPSと売上の高い成長率、そしてFY2024でROEが約41.0%と高水準である点です。
ただし、成長株の中でも「流行の消費プロダクト」ではなく、工場の中核工程に入り込む“インフラ寄りの成長株”という性格が強く、期待が崩れたときに評価が揺れやすい構造も併せ持ちます(期待の大きさ自体は後段の評価水準で整理します)。
サイクリカル性・ターンアラウンド性・資産株性のチェック
- サイクリカル(景気循環):年次データ上、2000年代前半に赤字期(純利益マイナス)があり、その後は黒字定着。直近10〜5年は拡大基調が中心で、典型的な「ピークとボトムの反復」が支配的とは言いにくい。
- ターンアラウンド(再建):直近5年・10年の区間では「赤字→黒字の切り返し」型ではなく、既に黒字・高収益局面にある。
- 資産株(Asset Play):FY2024のPBRは約14.6倍で、資産の割安さを狙うタイプの特徴とは一致しにくい。
4. 足元は「型」を維持しているか:短期モメンタムと8四半期の見え方
長期の型が魅力的でも、足元で崩れ始めていないかの確認は重要です。ASMLは直近1年(TTM)で、成長株の姿と概ね整合する動きが確認されています。
直近TTM:成長はむしろ強い(加速)
- EPS(TTM、前年同期比):+44.4%(長期の年率20%超を上回る)
- 売上(TTM、前年同期比):+22.8%(長期の年率17〜19%を上回る)
- FCF(TTM、前年同期比):+239.5%(非常に大きい伸びだが、FCFはタイミング要因で振れやすい点には留意が必要)
この整理から、モメンタム判定はAccelerating(加速)とされています。FCFの伸びが極端に大きい点は「常に持続する実力」とは断定せず、まずは「直近1年でキャッシュ創出が強かった」という事実として捉えるのが筋です。
直近2年(8四半期相当):平均化すると“1年ほどではない”
- EPS:2年CAGR 年率約13.0%(右肩上がりの強さは強い)
- 売上:2年CAGR 年率約8.1%(右肩上がりの強さは強い)
- FCF:2年CAGR 年率約71.4%(右肩上がりの強さは強い)
直近1年の伸びは非常に強い一方、直近2年で平均化するとEPS・売上はプラス成長ながら1年ほどの強さではありません。これは矛盾ではなく、期間の違いによる見え方の差であり、「直近1年で再加速しているように見える」状態として整理できます(理由の推測はしません)。
利益率の短期の質:改善一辺倒ではないが、30%台を維持
営業利益率(FYベース)はFY2022:約30.7% → FY2023:約32.8% → FY2024:約31.9%と「上昇→小幅低下」です。一方向に改善し続けている形ではありませんが、少なくとも水準としては30%台を維持しています。
5. 倒産リスクをどう見るか:財務健全性(負債・利払い・キャッシュ)
個人投資家が気にするのは「成長が鈍っても耐えられるか」です。ASMLは少なくともFY2024時点で、レバレッジ負担が重く見えるデータではありません。
- 負債比率(自己資本比、FY2024):約0.27倍
- Net Debt / EBITDA(FY2024):約-0.76倍(ネット現金寄り)
- 現金比率(FY2024):約0.64
- 利息カバー(FY2024):約57.3倍
これらから、利払い能力や手元流動性の観点での倒産リスクはデータ上は低い側に整理できます。ただし、次世代立ち上げや供給能力拡大で先行投資が膨らむ局面では、キャッシュ創出の見え方が変動し得る点は、事業特性として押さえておきたいところです。
6. 配当:位置づけ(成長企業の還元として見る)
配当水準と相対位置
- 配当利回り(TTM):約0.68%(目安として1%未満で、配当を主目的に保有する銘柄というより成長+補助的還元)
- 過去平均との比較:過去5年平均約0.81%、過去10年平均約0.77%に対して、直近TTMは低め(株価水準が高い、または配当水準が相対的に低い、または両方の状態)
- 1株配当(TTM):約6.58ドル
- 配当性向(利益ベース、TTM):約25.9%(利益のすべてを還元せず、投資余力も残す比率感)
配当の成長力(DPS Growth)
- 1株配当のCAGR:過去5年 約15.7%、過去10年 約26.4%
- 直近TTMの増配率:前年同期比 約+8.6%(過去のCAGRより落ち着いたペース)
配当を増やしてきた実績はある一方で、直近1年の増配ペースは長期平均よりは落ち着いています。ここも「成長鈍化」と断定するのではなく、あくまで数字として“増配ペースが過去平均より低い局面”にある事実を押さえるのが適切です。
配当の持続性(Sustainability)
- 配当性向(利益ベース、TTM):約25.9%(過去5年平均約32.4%、過去10年平均約31.3%より低め)
- 配当性向(FCFベース、TTM):約27.0%
- FCFによる配当カバー倍率(TTM):約3.70倍
利益・キャッシュフローの両面で配当負担が過度に高い状態には見えにくく、FCFカバー倍率も高いことから、データ上は「比較的安全寄り」と整理できます。加えて、FY2024時点で現金超過側、利息カバーも高く、財務が配当を強く制約している形には見えにくい点も補足になります。
配当の信頼性(Reliability)
- 配当を出してきた年数:17年
- 連続増配年数:1年
- 年次ベースで2023年に減配があった記録
長期で配当を支払う習慣はある一方、「毎年増配を続けるタイプ」とは限りません。配当の“増え方の一貫性”よりも、投資局面と並行して配当が変動し得る点は認識しておく必要があります(将来の減配を予測する趣旨ではありません)。
資本配分(配当 vs 再投資)の見え方
露光装置は技術・開発・製造能力が競争力の中核で、顧客の最先端投資サイクルに合わせた供給能力・技術進化が重要です。このため資本配分は配当だけで完結しにくく、開発・生産能力・サプライチェーン強化など成長投資に回る余地が大きいタイプになりやすいです。
数字としても、直近TTMで利益の約25.9%、FCFの約27.0%を配当に回している水準は、「配当を出しつつも資金の大半は事業運営・投資・その他用途に残る」配分に見えます。
投資家タイプとの相性(Investor Fit)
- インカム投資家:利回りが約0.68%のため、配当収入を主目的にした投資では優先度は上がりにくい。一方で配当性向が低めでFCFカバーが高い点は、現時点の持続余力という意味でプラスになり得る。
- 成長・トータルリターン重視:配当は主役ではないが株主還元として一定の存在感があり、データ上は配当が成長投資余力を大きく圧迫しているとは言いにくい。
7. 評価水準の現在地:ASML自身の過去と比べてどこにいるか(6指標)
ここでは市場や他社と比べず、ASML自身の過去(主に5年、補助で10年)の中で、現在地を地図化します。なお、PERなどはTTMベース、ROEやNet Debt / EBITDAはFYベースが混在します。FYとTTMで見え方が違う場合は、期間の違いによる見え方の差として扱います。
PEG(成長に対する評価)
- 現在:1.09倍
- 過去5年:通常レンジ内で、真ん中よりやや上側
- 過去10年:通常レンジ内
- 直近2年の方向性:概ね横ばい〜小幅な変動
PEGは5年・10年ともに通常レンジ内で、ヒストリカルには極端な水準ではない位置づけです。
PER(利益に対する評価)
- 前提株価(レポート日):1株 1228.19ドル
- 現在PER(TTM):48.3倍
- 過去5年:通常レンジ内だが高い側
- 過去10年:通常レンジをやや上回る
- 直近2年の方向性:上昇方向の局面が含まれる
PERは、過去5年ではレンジ内の上側、過去10年ではやや上抜けです。成長株として期待が織り込まれやすい配置であり、将来の成長が鈍化した場合に評価が揺れやすい構造になり得る、という“形”だけは把握しておくとよいでしょう(ここで予測はしません)。
フリーキャッシュフロー利回り(キャッシュ創出に対する評価)
- 現在(TTM):約1.98%
- 過去5年:通常レンジ内だが下側
- 過去10年:通常レンジ内だが下側(下限近辺)
- 直近2年の方向性:低下方向の局面が含まれる
FCF利回りは、過去レンジ対比で「低い側」に位置します(利回りは低いほど株価水準が高い、またはFCFが相対的に小さい状態になりやすい指標ですが、ここでは因果は述べず位置のみ整理します)。
ROE(資本効率)
- 現在(FY2024):約41.0%
- 過去5年:通常レンジ内だが下側寄り
- 過去10年:通常レンジ内で中〜上側
- 直近2年の方向性:低下方向(ピーク側から落ち着く方向)の局面が含まれる
ROEは10年で見ると高めですが、5年分布では下側寄りという配置です。これは矛盾ではなく、過去10年の中でROEが大きく上がってきた経路があり、直近は高水準の中でもピークからは落ち着いた場所にいる、という時間軸の違いで説明できます。
フリーキャッシュフローマージン(キャッシュ創出の質)
- 現在(TTM):約29.3%
- 過去5年:通常レンジ内の中位(中〜やや下寄り)
- 過去10年:通常レンジ内の上側
- 直近2年の方向性:横ばい〜小幅な変動
FCFマージンは、5年では中位、10年では高めという配置で、長期で見るほどキャッシュ創出の質が強い企業像が出やすい指標です。
Net Debt / EBITDA(財務レバレッジ)
- 現在(FY2024):約-0.76倍
- 過去5年:通常レンジを下回る(よりマイナス側)
- 過去10年:通常レンジ下限も下回る(よりマイナス側)
- 直近2年の方向性:低下方向(よりマイナスへ寄る)局面が含まれる
Net Debt / EBITDAは逆指標で、小さい(よりマイナス)ほど現金が厚く財務余力が大きい読み方をします。ASMLは5年・10年どちらで見ても通常レンジを下回る(よりマイナス側)に位置し、ヒストリカルにはネット現金寄りが強い局面にあります。
6指標を並べた全体像
- 評価(PEG・PER・FCF利回り):PEGは中央値近辺、PERは5年で上側・10年でやや上抜け、FCF利回りは下側
- 収益性・質(ROE・FCFマージン):10年で見ると高水準寄りだが、直近5年の分布では突出ではない
- 財務(Net Debt / EBITDA):よりマイナス側に下抜けで、ネット現金寄りが強い局面
8. キャッシュフローの傾向:EPSとFCFは噛み合っているか
成長企業ほど「利益は伸びているがキャッシュが伴っていない」ケースが問題になります。ASMLは長期でFCFも高成長(過去10年CAGR約30.1%)で、直近TTMでもFCFが前年同期比+239.5%と大きく増えています。
もっとも、FCFはタイミング要因で振れやすく、特に装置産業では運転資本(在庫・売掛・支払条件)や設備投資の影響も受けやすい指標です。したがって、直近1年の急増を「常に持続する実力」と決めつけず、利益(EPS)とキャッシュ(FCF)の両方を、複数期間で整合確認する姿勢が有効です。
また、次世代(High NA)立ち上げや供給能力拡大は先行投資を伴いやすく、局面によってキャッシュ創出の見え方が変わり得る点は、事業の性格として織り込む必要があります。
9. ASMLが勝ってきた理由:成功ストーリーの核
ASMLの本質的価値は、「最先端の半導体を量産する」ための中核工程(露光)を、工場の現場で成立させる装置と運用能力を提供している点にあります。EUVは代替が極めて難しく、顧客の製造能力そのもの(どこまで微細化できるか、歩留まりをどこまで上げられるか)を左右する“産業基盤”に近い存在として機能します。
さらに、ASMLは最先端(EUV)だけでなく、ひとつ前の世代(DUV)と、導入後ビジネス(保守・部品・性能アップ)を大きな柱として持ちます。装置台数が増えるほど導入後の継続収益が積み上がる構造は、設備投資サイクルの波を完全には消せなくても、ストーリーに「粘り」を持たせやすい要素です。
顧客が評価する点(Top3)
- 微細化の限界を押し広げる実装力:研究室の技術ではなく、量産の稼働率・歩留まりとして成立させる力。
- 導入後も続く改善・性能アップ:保守・部品・アップグレードで成果が積み上がりやすい。
- 顧客プロセスへ踏み込む支援:AIを含むソフトウェアや運用支援で、生産性・歩留まり向上に寄与する方向性。
顧客が不満に感じ得る点(Top3)
- 導入・立ち上げの重さ:装置が巨大で複雑で、工場設計から運用人材まで“総力戦”になりやすい。
- 供給制約・リードタイム:一社依存の重要部材が多い産業構造の中で、ボトルネックが投資計画に直結しやすい。
- 規制・輸出管理の不確実性:特定地域では買える/買えないの境界が政策で変わり、計画が不安定化し得る。
10. いまの戦略は成功ストーリーと整合しているか(ストーリーの継続性)
直近1〜2年で観察できるストーリーの変化(ナラティブ)は、成功ストーリーの“延長線”にありつつ、重要な外生変数がより目立つ形になっています。
変化①:AIの追い風と、地域構成(規制)の変化が同時に効く
ASMLは、AI投資の勢いが先端ロジックだけでなく先端DRAMにも広がっているという認識を示しています。一方で、中国向け売上(特にDUV中心)が政策・規制で変動しやすく、2026年に中国需要が大きく落ちる見通しへの言及もあります。つまり「AIで伸びる」だけでなく、「どの地域・どの顧客が買えるのか」という構成要素が以前より重要になっています。
変化②:「装置単体」より「装置+運用最適(AI含む)」が濃くなる
AIをポートフォリオ全体に組み込み、装置性能や顧客プロセスの生産性・歩留まりを上げる狙いが示されています。これは、もともとの強みである「現場で動かし続ける力」「顧客支援」を、より前面に押し出す動きであり、成功ストーリーとの整合性は高い整理です。
11. 見えにくい脆さ(Invisible Fragility):強そうに見えるほど点検したい折れ方
ASMLは数字が強く、参入障壁も高い企業として語られがちです。ただし、崩れるとしたら「競合に負ける」よりも、外部要因と実行負荷で歪む形が想定されます。以下は予測ではなく、構造上のリスク整理です。
- 顧客依存の偏り:少数の超大口顧客の投資計画遅延や方針変更が、受注・売上の波になり得る。
- 規制による需要構成の変化:2026年の中国売上が2024〜2025に比べて大きく低下する見通しへの言及がある。需要が消えるというより「売れる地域・製品の組み合わせ」が変わり、ミックスと稼働計画が揺れやすい。
- サプライチェーンのボトルネック:EUV/High NAは超精密部材への依存が大きく、目詰まりは納期だけでなく立ち上げ・稼働率・キャッシュ化テンポにも波及し得る。
- 局所的な代替技術の侵食:ナノインプリントなどが用途限定で入り込むと、特定分野の増分需要を取りこぼすリスクがある(全面置換というより境界が少しずつ動く形)。
- 収益性のピークアウトがストーリーとズレるリスク:ROEは過去5年分布では下側寄りで、営業利益率も直近3年で「上昇→小幅低下」と揺れがある。需要が強くても立ち上げ難度やコスト増で収益性が鈍る形は、早期警戒として意識されやすい。
- 組織文化・人材の摩耗:現場立ち上げ・保守・改善が核である以上、採用難・離職増・疲弊が数年遅れて納期や品質に出やすい。米国で規制対応として人事施策の調整が報じられるなど、地域別運営の複雑化も摩耗要因になり得る(これ自体を文化劣化と断定はしない)。
12. 競争環境:誰と戦い、何が脅威になりやすいか
露光装置は「工程そのものを成立させる」領域で、価格競争になりにくく、技術・サプライチェーン・現場運用の複合力で勝負が決まります。競争は二層構造です。
二層構造の競争
- 最先端(EUV/High NA):同等品が並ぶ市場というより、顧客が「その世代に行くか」を選ぶ構図。脅威は参入より、別アプローチ(別方式、工程設計)やロードマップ遅延が中心になりやすい。
- ひとつ前の世代(DUV):競合が存在し、用途・顧客・地域で競争が起きる。一方で最先端工場でもDUVは併用されるため、「EUV+DUV+保守+運用最適」の統合が差別化になりやすい。
主要競合・代替プレイヤー(用途限定も含む)
- Nikon(ニコン):DUV(ArFなど)で競合。新しいArFスキャナーの受注開始を発表し、DUV領域の改良を継続。
- Canon(キヤノン):成熟ノード向け露光に加え、ナノインプリントを推進。用途限定で「露光のやり方を変える」選択肢になり得る。
- SMEE(上海微電子)など中国メーカー:先端では遅れがある一方、国産化政策で特定案件の選択肢になり得る。
- Huawei系とされる新興(SiCarrier関連の動き等):商用の直接競合というより、中長期に地域の調達重心を変える要因になり得る。
- (補助的)KLAなどプロセス制御・検査:直接の露光競合ではないが、歩留まり・稼働率を左右し、顧客の投資配分の競争要因になり得る。
競争が崩れるとしたら「どんな形」か(KPIの観点)
- High NAの導入進捗(研究用途→量産用途への広がり)
- 顧客側の露光戦略(EUV使用レイヤーの拡大/縮小、DUV延命の依存度)
- DUV領域での競争状況(Nikon/Canonの新機種がどのデバイス領域で存在感を増すか)
- Installed Baseの健全性(装置台数の増加とサービス需要が整合して積み上がっているか、供給制約が稼働率に影響していないか)
- 代替方式(ナノインプリント等)の用途の広がり(特定レイヤー→複数レイヤーへ広がっていないか)
- 規制・国産化の実務影響(売れる/保守できる範囲の変化が顧客ロードマップに影響していないか)
13. モート(競争優位の源泉)と耐久性
ASMLのモートは、特許や単一技術というより「束」で成立しています。最先端露光を量産で成立させる装置性能だけでなく、量産立ち上げ、品質保証、フィールドサポート、サプライチェーン統合が不可分に絡みます。
モートのタイプ(何が参入障壁になるか)
- 技術難度:EUV/High NAの難度が極めて高い。
- 製造・品質保証の複雑性:巨大で複雑な装置を量産し、品質を安定させる必要がある。
- 現場運用の学習曲線:顧客工場での立ち上げ・改善の蓄積が、次世代の成功確率を押し上げる。
- スイッチングコスト:工場設計・周辺設備・人材訓練まで含むため、単純な価格比較で入れ替えにくい。
耐久性を高める要因/削る要因
- 高める要因:Installed Baseの累積、High NAへの連続的な移行、顧客との共同最適化。
- 削る要因:規制により「売れる/保守できる」市場が変動すること、国産化政策による調達ルール変更が制度として需要を動かすこと。
14. AI時代の構造的位置:追い風か、逆風か
ASMLはAI企業(OS層)ではなく、AI時代の計算需要増が現実世界の投資(最先端ロジック・先端DRAM)を正当化することで恩恵を受けやすい「産業インフラ(ミドル寄り)」に位置します。
AI時代に強くなりやすい理由(構造)
- ネットワーク効果(産業型):最先端ノードでの量産ノウハウが顧客・サプライヤー・保守体制に蓄積され、次世代立ち上げの成功確率が上がるタイプ。
- データ優位性:装置稼働・保守・プロセス最適の現場データが改善サイクルを回し、顧客成果(歩留まり・稼働率)に直結しやすい。
- AI統合度:AIを外付けではなく装置・生産性・歩留まり改善へ埋め込む方向性を示し、Mistral AIとの提携でポートフォリオ全体への組み込みを明確化。
- ミッションクリティカル性:露光は量産の中核工程で、工程成立そのものを左右しやすい。Installed Baseの継続収益も存在する。
AI代替リスクはどこにあるか
中核機能(最先端露光の量産成立)はAIが直接置き換えるというより、AIが需要を拡張する方向に働きやすい領域です。代替があるとすれば、露光方式の用途限定置換や、規制で「売れる市場・保守できる範囲」が狭まる形で表れやすい、という整理になります。
15. リーダーシップと企業文化:ストーリーを回す組織か
ASMLは「技術」だけでなく「現場運用」で勝つ会社なので、組織の実行力が競争力の一部になります。CEO Christophe Fouquetの発信からは、顧客価値と協業を軸に技術ロードマップを前進させる一貫性が読み取れます。
CEOのビジョンと一貫性
- 最先端量産を工場で成立させる露光技術(EUV/High NA)を、顧客ロードマップに合わせて進化させ続ける。
- 装置単体の性能だけでなく、保守・改善・立ち上げ支援まで含めて顧客価値を最大化する。
- AI投資が追い風である一方、中国向け需要の落ち込みなど地域構成変化が外生的に効き得るという現実認識も前面に出ている。
人物像・価値観・優先順位(公的発信からの抽象化)
- 協業で前進するリーダー像:トップダウン単独より、部門横断・アクセス性・議論を重視する語り口が多い。
- 顧客価値中心:評価軸が「技術の正しさ」だけでなく「顧客の量産での成立」に寄る。
- 技術人材を中核資産と捉える:継承や育成投資と整合。
文化として現れやすいパターン(従業員レビューの一般化)
- ポジティブに出やすい点:技術的に高度で学習機会が大きい/専門性の密度が高い/オープンに議論しやすい。
- ネガティブに出やすい点:プロセスが重く意思決定が遅く感じる局面/評価制度が分かりにくい局面/高負荷(プレッシャー)。
ここでの「高負荷」は善悪ではなく、巨大で複雑な装置を顧客工場で立ち上げるという事業特性から発生しやすい副作用として理解しやすい論点です。
適応力:技術継承と現場人材育成
- CTO任命のように社内長期在籍人材を中核ポジションへ置き、継承計画を明確化する動きが公開されています。
- 米国での技術トレーニング拠点(技術アカデミー)設立は、装置の複雑化と地域分散に合わせた運用側の適応として意味があります。
長期投資家との相性(文化・ガバナンス観点)
- 相性が良い側:数年単位の技術ロードマップと参入障壁、Installed Base型の継続収益を重視する投資家。
- 注意が必要な側面:規制対応による地域別運用差が文化運営の難度を上げ得る点、技術・現場負荷の高さが人材摩耗につながり得る点(採用・育成・定着は先行指標になり得る)。
16. 長期投資家向け「Two-minute Drill」:ASMLをどういう仮説で見るか
ASMLは、最先端半導体の量産で避けられない露光工程を握り、装置販売に加えて導入後の保守・部品・アップグレードを積み上げることで、インフラ寄りの成長を作ってきた企業です。長期データでも売上・EPS・FCFが2桁成長のレンジにあり、足元TTMでも売上+22.8%、EPS+44.4%と成長株の型は維持(むしろ加速)しているように見えます。
一方で、脆さは「競合に負ける」より、規制で売れる市場が変わること、少数顧客の投資計画で波が出ること、供給制約や人材摩耗で“提供できる速度”が落ちることとして現れやすい銘柄です。評価水準はASML自身の過去と比べると、PERは5年で上側・10年でやや上抜け、FCF利回りは下側にあり、期待が織り込まれやすい配置である点も、構造として理解しておくべき材料になります。
投資家が注目すべき変数(KPIツリーの要点)
- 次世代(High NA)の立ち上げ:研究用途から量産用途へ滑らかに接続しているか、立ち上げ支援負荷がどれほど増えるか。
- Installed Baseの積み上がり:装置台数の増加と、保守・部品・アップグレード売上の成長が整合しているか。
- 供給制約の波及:納入テンポだけでなく、サービス品質や顧客稼働率に影響していないか。
- 地域・製品ミックスの変化:規制要因で売れる組み合わせが変わったとき、稼働計画やサービス体制に無理が出ていないか。
- 人材(採用・育成・定着):高負荷が常態化して立ち上げ速度や保守品質が落ちる前に、どんな兆候が出るか。
- 代替技術の“用途の広がり”:全面置換ではなく、どの工程・どの用途から境界が動くか。
AIと一緒に深掘りするための質問例
- ASMLの中国向け売上が2026年に大きく低下する見通しについて、製品(EUV/DUV/Installed Base)と地域のどの組み合わせが穴埋め役になり得るかを、需要・供給・サービス体制の観点で分解して説明して。
- High NAの立ち上げ難度が、稼働率・歩留まり・保守工数・立ち上げ支援人員に与え得る負荷を、短期(1~2年)と中期(3~5年)で論点整理して。
- ASMLのInstalled Base(保守・部品・アップグレード)が装置販売サイクルの波をどの程度“薄める”のかを、どんなKPI(例:アップグレード比率、部材供給制約、稼働率指標など)で検証できるか提案して。
- ナノインプリントなど代替方式が「用途限定」で侵食するとしたら、どのデバイス領域・どのレイヤーから入りやすいか、そしてASMLの統合運用・アップグレードがどこまで相殺し得るかを整理して。
- ASMLの“見えにくい崩れ方”として挙げられた人材摩耗について、採用・育成・定着のどの指標が先行指標になり得るか、公開情報で追える範囲を含めて設計して。
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