Cadence(CDNS)とは何者か:半導体設計の「失敗を減らすインフラ」に長期投資するための整理

この記事の要点(1分で読める版)

  • Cadence(CDNS)は、半導体や電子機器を「作る前」に設計・検証・解析して失敗確率と開発期間を下げるEDAソフト/IP企業であり、顧客の設計フローに深く組み込まれるほど継続収益が強くなる。
  • 主要な収益源は、年間契約中心の設計・検証・解析ソフト、再利用できる設計部品データ(IP)、そして拡張中のシステム全体解析(チップからパッケージ/基板/熱・構造など)にある。
  • 長期ストーリーは、AI・データセンター・チップレット・先端パッケージで設計が難化するほど事前検証の価値が上がり、Cadenceがチップ単体からシステム解析へ拡張することで1社あたり提供価値が増え得る点にある。
  • 主なリスクは、地政学・輸出管理が特定地域での採用行動(依存分散、二重調達、国産化)を変え得る点と、買収拡張が増えるほど統合品質・サポート品質の摩耗が起きやすい点にある。
  • 特に注視すべき変数は、売上成長に対してEPS成長が伸びにくい要因の分解、買収後の統合の滑らかさ(製品連携・サポート)、AIが工程の中心に統合され続けるか、特定地域で更新交渉や新規採用が鈍っていないかの4点にある。

※ 本レポートは 2026-01-07 時点のデータに基づいて作成されています。

Cadenceは何をしている会社か(中学生向け)

Cadence Design Systems(CDNS)は、ひとことで言うと「半導体(チップ)や電子機器を、失敗せず早く作るための“設計用ソフト”を売る会社」です。

スマホやPC、車、データセンターの中にあるチップは、いきなり工場で作るのではありません。まずパソコン上で「設計して、動くか検証して、問題を直してから」作ります。Cadenceは、この“作る前の段階”で使う道具(ソフトや設計部品)を提供し、開発のやり直しを減らすことで価値を出します。

顧客は誰か

顧客は個人ではなく企業です。特に「ミスの手戻りが高くつく」ほど、Cadenceの価値は大きくなります。

  • 半導体メーカー
  • 大手IT企業(自社AIチップやサーバー向けチップを設計する企業)
  • 自動車・産業機器・通信機器メーカー
  • 航空宇宙・防衛など高い安全性が必要な分野

どう儲けるか(収益モデルの3本柱)

  • 設計ソフトの利用料(最大の柱):買い切りではなく年間契約やチームライセンスが中心で、設計フローに深く入り込むほど継続しやすい。
  • IP(設計の“部品データ”):検証済みの部品を組み込めるようにして、開発期間を短縮し、失敗リスクを下げる。
  • システム全体の解析・シミュレーション(伸びてきた柱):チップ単体だけでなく、パッケージ・基板・熱・流体・構造などまで含めて「作る前に計算して確かめる」領域を拡張。

この“システム全体”側の強化として、CadenceはHexagonの設計・エンジニアリング系ソフト事業(MSC Softwareなど)を買収する方針を発表しており、2026年1〜3月の完了見込みとされています。

例え話(1つだけ)

Cadenceは、「ビルを建てる前に、設計図を描き、耐震・配線・空調までシミュレーションして事故を防ぐソフト」のような存在です。建ててから欠陥が見つかると大変なので、建てる前のチェックが価値になります。チップも同じで、作ってからの手直しが高くつくため、事前の設計と検証が重要です。

将来に向けた取り組み(今後の柱になり得るもの)

Cadenceの未来像は「チップ設計の道具屋」にとどまらず、設計のやり方そのものを変える方向に伸びています。

1) チップレットを“作りやすくする仕組み”

巨大な1枚チップではなく、小さなチップ(チップレット)を組み合わせて高性能化する流れが強まっています。Cadenceは2026年1月に、Samsung FoundryやArmなどと協業し、仕様作りから組み立て・検証までを早く進めるためのパートナー連合を発表しています。事前に組み合わせ検証された部品群を用意し、開発リスクを下げる狙いです。

2) 設計のAI化(会話型支援〜自律型へ)

設計者の作業を「手伝うAI」から、設計・検証・解析の反復を自律的に回すAIへ寄せる動きが明確です。CadenceはNVIDIAと、設計・科学計算のAI活用を進め、最新GPU基盤を使った加速も打ち出しています。狙いは「同じ人数で、より複雑な製品を作れる」状態を作ることです。

3) 組み込みセキュリティ

チップが賢くなるほど、ハッキング対策が重要になります。Cadenceは2025年10月にSecure-ICを買収し、チップ内部のセキュリティ技術や評価サービスを取り込む動きを進めました。自動車・IoT・防衛など、規制が強い領域ほど価値が上がります。

構造的な追い風(成長ドライバー)

  • AI・データセンター向けの高性能チップ増加で設計が難しくなり、検証・電力・熱などの解析需要が増える。
  • 車・産業機器の高度化でチップの数と重要性が上がり、安全性・セキュリティ要求が厳しくなるほど設計品質の価値が上がる。
  • 「チップだけでなくパッケージや基板まで含めた全体最適」が必要になり、Cadenceが拡張しているシステム解析の出番が増える(Hexagon D&E事業買収方針もこの流れ)。

長期ファンダメンタルズ:この会社の「型」を数字で掴む

長期投資では「この会社がどういう成長の型をしてきたか」を掴むのが出発点です。Cadenceはソフト中心で高粗利・高キャッシュ創出になりやすい一方、利益(EPS)の見え方が期間によってブレる点が特徴として出ています。

売上・EPS・FCFの長期推移(10年と5年の見え方)

  • EPS成長(FY):10年CAGR 約+22.2%に対し、5年CAGR 約+1.8%。
  • 売上成長(FY):10年CAGR 約+11.4%、5年CAGR 約+14.7%。
  • フリーキャッシュフロー成長(FY):10年CAGR 約+15.0%、5年CAGR 約+11.3%。

この「10年ではEPSが強いが、5年ではEPSが伸びにくい」という期間差が、Cadenceを単純に“高成長株”と決めつけにくい最大要因です。

収益性の長期イメージ(ROEとマージン)

  • ROE(最新FY):約22.6%。過去5年の分布中央値(約25.4%)と比べると、過去5年レンジでは低い側に位置する。
  • 売上総利益率(最新FY):約86%と高水準。
  • 営業利益率(最新FY):約29%と高水準。
  • FCFマージン:FY 約24.1%に対し、TTM 約28.4%。

なお、FCFマージンがFYとTTMで異なる見え方をするのは、集計期間(通年決算と直近12カ月)の違いによるものです。矛盾と断定するより、「どの期間を切り取ったか」で景色が変わる論点として扱うのが自然です。

成長の源泉(1文で)

EPSの伸びは主に売上の増加(トップライン成長)の寄与が中心で、発行株式数は長期で概ね横ばい〜微増に見えるため、1株当たり利益の押し上げは「売上成長+収益性・費用構造の結果」に依存しやすい構図です。

リンチ6分類で見ると:Cadenceはどの型か

Cadenceは現時点では、「Stalwart(優等生の安定成長)寄りだが、期間によってEPS成長がブレるハイブリッド型」が最もしっくりきます。

  • 売上とフリーキャッシュフローは、5年・10年の両方で中〜高成長を維持している(売上5年CAGR約+14.7%、FCF5年CAGR約+11.3%)。
  • 一方でEPSは、10年CAGR約+22.2%に対し、5年CAGR約+1.8%と、期間による差が大きい。
  • 売上・FCFが「山谷の反復」というより上向きトレンド中心で、サイクリカルの主分類は置きにくい。
  • 直近10年以上の局面で「継続的な赤字→黒字反転」を主テーマにする状態ではなく、ターンアラウンドとも言いにくい。
  • PBRが高水準に見えるため、資産株(資産価値見合いの再評価が軸)としての特徴は薄い。

足元のモメンタム:長期の“型”は崩れていないか

長期の型が理解できたら、次に見るべきは「直近でもその型が続いているか」です。Cadenceの足元は、売上とキャッシュは強いが、EPSの加速は弱いという構図がはっきりしています。

直近1年(TTM)の成長:何が伸びているか

  • EPS(TTM):3.875、前年比 約+2.16%(小幅成長)。
  • 売上(TTM):約52.13億ドル、前年比 約+19.72%(2桁成長)。
  • FCF(TTM):約14.79億ドル、前年比 約+55.30%(大きく伸長)。
  • FCFマージン(TTM):約28.4%。

この結果、短期モメンタムの判定は「ミックス(売上・FCFは加速、EPSは減速寄り)」になります。特に「売上が強いのにEPSが伸びにくい」点は、投資家が理由を分解して追う価値があります。

直近2年(8四半期)の方向性

  • 売上:右肩上がりの傾向が強い(トレンドがはっきり)。
  • FCF:増加方向が優勢(売上ほど一直線ではない)。
  • EPS・純利益:トレンドが弱めで、「明確な増益トレンド」とは言いにくい。

長期の型との整合性(結論)

売上とキャッシュ創出の強さ、ROEの高水準といった点は「Stalwart寄りの強い基盤」と整合します。一方で、EPSの伸びが小さいことは、長期で見えていた「5年ではEPSが伸びにくい」という側面が足元で強く出ている形です。つまり、分類は概ね一致しているが、直近は“EPSより売上・FCFが強い”形が強まっていると整理できます。

財務健全性:倒産リスクをどう見るか(事実ベース)

ソフト中心のCadenceは、設備投資が重いビジネスではありません。TTMでは設備投資負荷(営業キャッシュフローに対する設備投資比率)が約10.8%という目安が示されており、相対的にキャッシュが残りやすいモデルです。

負債とキャッシュクッション

  • D/E(最新FY):約0.55。
  • Net Debt / EBITDA(最新FY):約-0.12(マイナスでネット現金に近い状態を示す)。
  • 現金比率(最新FY):約2.03(短期のキャッシュクッションが厚い側)。
  • インタレスト・カバレッジ(最新FY):約19.37倍(利払い余力は厚い側)。

これらから、少なくとも現時点では、財務余力・利払い能力・流動性の観点で、倒産リスクが主テーマになりやすい状態には見えにくい一方、今後大型買収が続く局面では「負債そのもの」よりも統合失敗による収益性悪化+投資負担増が同時に起きると、見え方が変わる点は論点になります。

配当と資本配分:何が株主リターンの軸か

CDNSはTTMベースの配当利回りと1株配当が取得できず、少なくともこのデータ範囲では、配当が投資判断の主要テーマになりにくい状態です。

一方で、TTMのフリーキャッシュフローマージンが約28.4%とキャッシュ創出力が高いため、資本配分の中心は配当よりも、成長への再投資や(配当以外の)株主還元で評価されやすい銘柄として捉えるのが自然です。

キャッシュフローの読み方:EPSとFCFの整合性

足元では、EPS成長が前年比約+2.16%と小幅なのに対し、FCF成長が前年比約+55.30%と大きく伸びています。したがって直近1年は、「利益成長よりキャッシュの伸びが強い年」という事実が出ています。

このギャップは良い・悪いを即断するより、次のように分解して観察する論点です。

  • 売上が伸びた中で、費用(研究開発・サポート・統合コスト等)の出方がどう影響しているか。
  • キャッシュが増えた背景が、事業の効率化なのか、タイミング要因(回収・支払いのずれ等)を含むのか。
  • システム解析拡張や買収の進行で、今後FCFの質(マージン)がどう動くか。

評価水準の現在地(自社ヒストリカルのみで確認)

ここでは「市場や他社と比べてどうか」ではなく、Cadence自身の過去データの中で、いまどこにいるかだけを整理します(投資判断の結論づけはしません)。なお、株価は本レポート日ベースで301.22ドルです。

PEG:成長に対する評価

PEG(1年成長ベース)は36.05で、過去5年・過去10年の通常レンジを大きく上回る位置(上抜け)にあります。直近2年の方向性も上昇で、ヒストリカルには「成長率に対して評価が高く付いている局面」と整理できます。

PER:利益に対する評価

PER(TTM)は77.73倍で、過去5年・10年の通常レンジを上回る位置(上抜け)にあります。直近2年の方向性は上昇です。自社過去分布対比では高い側に位置します。

フリーキャッシュフロー利回り:キャッシュに対する評価

FCF利回り(TTM)は1.80%で、過去5年では通常レンジの下限近辺(レンジ内)にあり、過去10年では通常レンジを下回る位置(下抜け)です。直近2年の方向性は低下(利回りが低い方向)です。

ROE:資本効率の現在地

ROE(最新FY)は22.58%で、過去5年では通常レンジをやや下回り、過去10年ではレンジ内(下側)に位置します。直近2年の方向性は横ばいです。

フリーキャッシュフローマージン:キャッシュ創出の質

FCFマージン(TTM)は28.37%で、過去5年では通常レンジをやや下回り、過去10年ではレンジ内に位置します。直近2年の方向性は低下です。

Net Debt / EBITDA:財務レバレッジ(逆指標)

Net Debt / EBITDAは、値が小さい(よりマイナスが深い)ほど現金が厚く財務余力が大きい「逆指標」です。Cadenceの最新FYは-0.12でマイナスのためネット現金に近い状態を示しますが、過去5年レンジの中では上側(マイナスが浅い側)に近い位置です。直近2年の方向性は横ばいです。

6指標をまとめた現在地

  • 評価系(PEG・PER・FCF利回り)は、過去5年の通常レンジ上側(または上抜け)に寄りやすい(PER・PEGは上抜け、FCF利回りは下側寄り)。
  • 収益性・質(ROE・FCFマージン)は、直近値が過去5年の中心よりやや下側に位置(10年で見ると概ねレンジ内)。
  • 財務レバレッジ(Net Debt / EBITDA)は、ネット現金に近い水準を維持しつつ過去レンジ内。

この会社が勝ってきた理由(成功ストーリーの核)

Cadenceの本質的価値は、「半導体設計の失敗確率と開発期間を下げる」ことに集約されます。チップが複雑化するほど、設計ミスの手戻りコスト(時間・人件費・試作費)が膨張し、設計前にリスクを潰す価値が上がります。

そしてCadenceの強さは、ソフトが単なる便利ツールではなく、顧客の設計フロー(工程)に深く埋め込まれる点です。乗り換えは「別ソフトに替える」ではなく、学習・検証・社内標準化・過去資産の再整備を含む工程の再構築に近く、負担が大きくなります。

顧客が評価する点(Top3)

  • 設計の手戻りを減らせる(検証・サインオフの安心感)。
  • 複雑化に耐える対応力(電力・熱・信号品質など複合要件の最適化)。
  • フローに組み込める(チーム・企業の標準として定着しやすい)。

顧客が不満に感じやすい点(Top3)

  • ライセンス運用の複雑さ(席・機能・期間の管理負荷)。
  • 学習コストの高さ(高機能ゆえ導入初期の教育が重い)。
  • サポート品質のばらつき(担当や地域で体験が変わる)。

ストーリーは継続しているか(最近の動きとの整合性)

ここ1〜2年の語られ方は、強化方向と揺らぎ方向の2つが併存している、と整理できます。

強化方向:AIで設計・解析の重要性が上がる

AIチップや高性能システムの巨大化・電力/熱制約の厳格化により、「作る前の検証・解析」の重要性が上がっています。これは、足元で売上とFCFの伸びが強いという現象とも整合しやすい流れです。CadenceがNVIDIAと協力し、巨大設計の電力解析などを速く高精度に行う技術や、GPU基盤で設計・シミュレーションを加速する取り組みを進めている点も、成功ストーリー(失敗確率と開発期間を下げる)に沿った動きです。

揺らぎ方向:地政学・輸出管理が顧客行動を変え得る

2025年には中国向け輸出規制(ライセンス要件)が導入され、その後解除されたと報じられています。こうした変動は、単に一時的な売上の増減というより、顧客の長期の選好(依存を減らす、二重調達を進める、国産ツール育成)に影響し得る点が重要です。短期の数字に出る前に、意思決定の鈍化や更新交渉の厳格化として先に現れる可能性があります。

見えにくい脆さ(Invisible Fragility):強そうに見える企業が崩れるとき

Cadenceのように「必要性が高く、工程に組み込まれている」企業でも、崩れ方は一撃ではなく“摩耗”で進むことがあります。材料記事にある論点を、投資家が観察できる形で整理します。

1) 地域・大口への偏り(特に中国)

Cadenceの売上に占める中国比率は四半期で変動があり、2025年Q1時点で約11%という開示があります。規制や調達方針の変化が続くと、「売上が急落」より先に新規案件の意思決定が鈍る/更新交渉が厳しくなる形で効いてくるリスクがあります。

2) 政策が競争を作る(技術ではなく“使える/使えない”)

EDAは参入障壁が高い一方、国家政策が絡むと技術優劣とは別に「使える/使えない」が競争条件になります。中国側で国産EDA開発が進む動きも報じられており、長期では代替の芽になり得ます。

3) 統合と品質の遅れで差別化が薄まる

M&Aで領域拡張を進めるほど、ユーザー体験の統一・データ連携・サポート体制の弱さが目立つと「導入したのに運用が重い」という不満が増えやすい。Hexagon D&E事業の買収(2026年Q1完了見込み)は成長機会である一方、統合の実行力が問われます。

4) 計算資源への依存(GPU・クラウド・外部基盤)

最先端の設計・解析では計算資源への依存が強まります。外部基盤のコスト上昇、供給制約、輸出管理(計算用途の制約)などが、プロダクト体験や提供条件に間接的に影響し得ます。ソフト企業でも“計算基盤制約”として現れるタイプのリスクです。

5) 組織文化の劣化(数字に出にくいが効く)

従業員レビューの一般化パターンとして、「人は良い/学びは多い」と「忙しい時期は負荷が高い/報酬が見劣りする」の両方が併存する傾向が示されています。文化の摩耗は、長期では製品品質・サポート品質・開発スピードに波及し得ます。

6) 収益性の“静かなズレ”

直近は売上・FCFが強い一方で、ROEやFCFマージンが過去5年の中心よりやや下側に位置しています。これは崩壊と断定するものではなく、強い環境でも質がじわっと落ちるタイプのズレとして観察価値があります。

7) 財務負担は軽そうに見えるが、買収局面は注意

現時点ではネット現金に近く利払い余力も厚い一方、大型買収が続く局面では「負債増」よりも、統合失敗による収益性悪化+投資負担増が重なると急に見え方が変わる点が論点です。

8) 規制・自給化で業界構造が変わる圧力

2025年に中国向け輸出規制が導入され、その後解除された経緯は、業界に不確実性を残しました。不確実性が続くほど顧客側は「代替ルートを育てる」動機を持ちやすく、短期売上より長期の競争構造(国産化・二重調達)として効いてくるリスクがあります。

競争環境:寡占だが「工程別の陣地取り」が続く

EDA市場は寡占に見えますが、実態は「工程ごとに“陣地”が違う」競争です。顧客は工程ごとに最適ツールを組み合わせる余地があるため、全面独占というより工程別の採用率を争う形になりやすいのがポイントです。

主要競合

  • Synopsys(SNPS):EDA最大級。設計自動化・検証・IPが厚く、近年はAnsys統合(2025年7月完了)などで「シリコンからシステムへ」を強める。
  • Siemens EDA:実装周辺や物理検証などで存在感。EDA全体にAIを組み込む構想も打ち出す。
  • Ansys(現在はSynopsys傘下の一部):マルチフィジックス解析の代表格。今後はSynopsysの統合提案の一部としてCadenceのシステム解析拡張とぶつかりやすい。
  • Keysight(KEYS):計測・テスト・検証周辺で影響し、外縁で競合や補完になり得る。
  • アジア(特に中国)の国産EDAベンダー群:最先端フローの全面代替は容易でない一方、政策・調達の要請次第で部分置換や二重調達が進み得る。

領域別の競争マップ(何を奪い合うか)

  • デジタル設計・実装:最新プロセス制約での最適化速度、解析との往復自動化。
  • 検証:大規模検証の時間短縮、再現性、チーム運用の標準化。
  • 物理検証・サインオフ:ルール更新への追随、サインオフ互換、ツール間連携。
  • IP:最新規格対応、量産実績と検証資産、顧客設計への刺さり方。
  • システム解析・マルチフィジックス:電子と物理をまとめた最適化(CadenceはHexagon D&E買収方針、SynopsysはAnsys統合)。
  • AI活用:単発の支援でなく、顧客データを安全に扱いながら工程として回るか。

モート(参入障壁)は何か、どれくらい持続しそうか

Cadenceのモートは、一般的なネットワーク効果よりも、「工程への深い組み込み」「品質と統合フロー」「顧客側に蓄積する運用資産」にあります。

  • スイッチングコスト:乗り換えは道具替えではなく、教育・設計資産(スクリプト/検証環境)・社内標準の再認証を伴う工程替えになりやすい。
  • 統合フローの完成度:単機能の差より、ツール間連携・制約の一貫性・サインオフまでの到達確度が差になりやすい。
  • 研究開発の継続性:先端ノード・新アーキテクチャへの追随が遅れると、工程別に採用が揺らぐため、R&D継続が前提になる。

一方で、地政学・輸出管理で「使える/使えない」が発生すると、モートの性質が変わります。技術勝負が政策・調達の勝負に変わり、特定地域では代替育成や二重調達が合理化され得ます。

AI時代の構造的位置:追い風と逆風を分ける

CadenceはAI時代において、半導体設計の中核ワークフローに深く組み込まれる「設計・検証・解析の生産性インフラ」に位置し、AIの普及で重要度が上がりやすい側です。

AIが追い風になりやすい理由

  • ミッションクリティカル性:やり直しコストが極めて大きく、AIは「置き換え」より「失敗確率を下げ、時間を縮める」方向で価値が増えやすい。
  • データ優位性:公開データではなく、設計制約・検証結果・解析条件など現場データの蓄積が精度と自動化度に効きやすい。
  • AI統合度の方向性:補助から自律型へ、設計フローの中心にAIを差し込む動きが明確。
  • 参入障壁の強化:システム解析(マルチフィジックス)へ広げるほど、モデル・計算資源・ワークフロー統合の厚みが必要になり後発が追いつきにくい。

AIによる代替リスクはどこにあるか

汎用AIがEDAを丸ごと代替するというより、代替リスクが上がるのは地政学を起点に「使える/使えない」が発生し、国産化・二重調達が政策的に進む場合です。ここは製品の良し悪しと別軸で効くため、長期投資では構造リスクとして扱う必要があります。

構造レイヤー(OS/ミドル/アプリ)での位置づけ

Cadenceはアプリというより“設計生産性のミドル〜OS寄り”に位置します。AI・データセンター・チップレット・3D実装で難易度が上がるほど、設計前検証の重要度が上がり、追い風を受けやすい構造です。

リーダーシップと企業文化:強みと摩耗点を同時に見る

CEOのビジョンと一貫性

CEO Anirudh Devganのビジョンは、要約すると「チップ設計にとどまらずシステム全体の設計・解析へ広げ、その中核にAIを組み込み、顧客の開発反復を増やして手戻りを減らす」という方向です。これは、GPU基盤の活用や計算体験の時間短縮を前面に出す動き、Hexagon D&E事業買収方針など、投資・提携・買収の方向と揃っています。

人物像(断定でなく、公開情報から読み取れるスタイル)

  • 工学・実装重視:時間短縮など成果指標が明確な打ち出しをしやすい。
  • 長期の技術優位と信頼性重視:顧客の生産性インフラとしての立ち位置を強める方向。
  • エコシステム重視:NVIDIAなど計算基盤、研究エコシステムとの連携価値を高く見積もる。

文化が事業に与える影響(良い面/弱い面)

  • 良い影響:品質・統合・サポートに投資する文化は、ミッションクリティカルなEDAで競争優位になりやすい。
  • 弱い影響:規模拡大や買収統合が増えるほど、ツール連携やサポートの一体感に歪みが出やすい(顧客の不満点とも同型)。

従業員レビューの一般化パターン(引用なしの整理)

  • ポジティブ:学びが大きい、人の質が良い、最先端課題に触れやすい。
  • ネガティブ:忙しい時期の負荷、報酬・評価への不満、担当/地域/チームで体験差が出る。

この「高い専門性の裏返しとしての運用負荷」は、顧客側の不満(ライセンス運用・学習コスト・サポートばらつき)とも同じ構造にあります。

企業価値を分解するKPIツリー(何が伸びれば価値が増えるか)

Cadenceを長期で追うなら、「結果(売上・利益・FCF)」だけでなく、その手前の因果(工程への浸透と統合の完成度)を見ます。

最終成果(Outcome)

  • 長期の売上成長、利益成長、フリーキャッシュフロー創出
  • 高い粗利・営業利益率の維持
  • 資本効率(ROE)の維持
  • 財務の柔軟性(投資を継続できる余力)

中間KPI(Value Drivers)

  • 顧客企業あたりの年間利用拡大(席数・用途・工程の広がり)
  • 継続契約の維持(更新率・解約抑制)
  • 製品ポートフォリオの拡張(チップ単体→パッケージ/基板→システム解析)
  • IP採用の拡大
  • 到達確度と時間短縮(手戻り削減の実現度)
  • AI実装で設計反復の回転数が上がるか
  • サポート品質と運用品質(摩擦の増減)
  • 統合フローの完成度(データ連携・一体運用)
  • 先端対応の追随速度(R&D継続性)

制約要因(Constraints)

  • ライセンス運用の複雑さ、学習コスト、サポート品質のばらつき
  • 買収・領域拡張に伴う統合の難易度
  • GPU/クラウドなど計算資源への依存と制約
  • 地政学・輸出管理の変動(特定地域)
  • 先端ノード・新アーキテクチャ追随のプレッシャー

投資家向けの観測点(ボトルネック仮説)

  • 「売上は強いがEPSが伸びにくい」状態の要因(価格条件、ミックス、R&D/サポート/統合コストなど)
  • 顧客の運用摩擦が増えていないか(ライセンス運用、学習支援、サポート応答)
  • 統合拡張が“滑らか”に価値を増幅しているか(UI/データ連携/一体運用)
  • AIが工程の中心に入り続けているか(単発支援で終わっていないか)
  • 特定地域で採用行動が変わっていないか(慎重化、更新交渉、二重調達)
  • 計算基盤制約が体験を損なっていないか(性能・コスト・供給)
  • サポート・組織運用のばらつきが拡大していないか(摩耗の早期サイン)

Two-minute Drill:長期投資家向けに「この銘柄の骨格」を2分でまとめる

  • Cadenceは「チップや電子機器を作る前に、設計・検証・解析で失敗確率と開発期間を下げる」ソフト/IP企業であり、顧客の設計フローに深く埋め込まれるほど継続収益が強くなる。
  • 長期では売上(FY10年CAGR約+11.4%)とFCF(FY10年CAGR約+15.0%)が積み上がってきた一方、EPSは10年で強く5年で弱い(FY10年CAGR約+22.2%、FY5年CAGR約+1.8%)という“見え方の差”があり、型はStalwart寄りのハイブリッドが近い。
  • 足元は売上(TTM前年比約+19.72%)とFCF(TTM前年比約+55.30%)が強い一方、EPS(TTM前年比約+2.16%)の加速は弱く、「売上は強いのに利益が伸びにくい」ギャップの分解が重要になる。
  • 財務はネット現金に近い(Net Debt/EBITDA最新FY約-0.12)うえ利払い余力も厚く、成長を借入で無理に買っている形は読み取りにくい。
  • 一方で見えにくいリスクは、地政学・輸出管理が顧客の採用行動(依存分散、二重調達、国産化)を変え得る点と、買収拡張が増えるほど統合品質・サポート品質の摩耗が起きやすい点にある。
  • 評価の現在地は自社ヒストリカル対比で高い側に寄り、PER(TTM 77.73倍)とPEG(36.05)が上抜け、FCF利回り(TTM 1.80%)は過去5年下限近辺という配置になっているため、期待が強い局面での“失望余地”も意識して点検が必要になる。

AIと一緒に深掘りするための質問例

  • CDNSは売上(TTM前年比約+19.72%)が強い一方でEPS成長(TTM前年比約+2.16%)が小さいが、このギャップは製品ミックス、価格条件、研究開発費、サポート費、買収・統合コストのどれが主因として説明できるか。
  • CDNSのFCF成長(TTM前年比約+55.30%)がEPS成長より大きい背景は、事業効率の改善なのか、回収・支払いなど運転資本のタイミング要因なのか、継続性の観点でどう整理できるか。
  • Hexagonの設計・エンジニアリング系ソフト事業買収(2026年1〜3月完了見込み)で、統合がうまく進んでいるかを早期に見抜く先行指標として、製品連携、サポート応答、リリース頻度、採用事例のどれをどう観察すべきか。
  • 中国売上比率(2025年Q1で約11%)を前提に、輸出管理の強化・緩和が繰り返されるシナリオで、顧客の更新行動(契約期間、採用範囲、二重調達)がどう変わり得るかを複数ケースで整理してほしい。
  • EDA競争(Synopsys、Siemens EDA等)が「工程別の陣地取り」になりやすい前提で、CDNSが失速するとしたらどの工程から採用が揺らぎやすいか、スイッチングが起きる順序を仮説化してほしい。

重要な注意事項・免責


本レポートは、公開情報とデータベースをもとに作成された
一般的な情報提供を目的とした資料であり、
特定の銘柄の売買・保有などを推奨するものではありません。

本レポートの内容は、執筆時点における情報を用いていますが、
その正確性・完全性・最新性を保証するものではありません。
市場環境や企業情報は常に変化するため、記載内容が現状と異なる場合があります。

ここで言及される投資フレームワークや視点(例:ストーリー分析・競争優位性の解釈など)は、
一般的な投資概念や公開情報を参考にした独自の再構成であり、
いかなる企業・組織・研究者による公式な見解ではありません。

投資判断は必ずご自身の責任において行い、
必要に応じて金融商品取引業者や専門家にご相談ください。

本レポートを利用した結果生じたいかなる損失・損害についても、
DDI および筆者は一切の責任を負いません。